1998年7月

この電話は、お客様の都合により

オープン当日。事務所の机にある電話機をじっと見つめ続けていました。何時間たっても電話はチリンとも鳴りません。どんなタイミングで、どんな内容の電話が掛かってくるのかもまったく見当がつかず、不安だらけの思いでただ電話だけを見ていました。

この時のスタッフは私と、週の後半、インターネット関係など技術部分を手伝ってくれることになった「龍ちゃん(28歳・独身)」。この男も余り口数が多い方ではなく、黙々とパソコンに向かい合っています。ひょっとしたら、気の毒で声が掛けられなかっただけなのかも知れませんが…

「トゥルルル?」鳴った! 初めての電話だ! 焦るな! 慌てるな!うわずりそうになる声を必死で押さえて受話器に向かいます。

「はい。アレストです」
「○×広告社ですが。広告のご案内なんですが」
「…い、いえ…けっこうです…」

結局、この日掛かってきた電話はこの1本だけでした。
翌日も、その翌日も広告屋以外の電話は来ません。4日目までお客様からの電話も、応募の女の子からの電話もありませんでした。


5日目。「あのぅ。もしもし…」女性の声です。初めての応募の女の子でした。汗だくになるくらい必死に説明。何をどう説明したのか思い出せないほどでしたが、ともかく翌日に面接に来てくれるまで漕ぎ着けました。そして翌日、ドキドキしながら事務所で待っていると、予定の時間よりも少し遅れてドアチャイムが鳴りました。はやる心を抑えながら招き入れます。見ると、大人しそうな顔立ちながら、けっこう美人です。しかも、服の上からでも細身の割には大きなバストであることが分かります。自分の興奮を悟られないように冷静を装って軽い世間話から始め、ひきつった笑顔で仕事の内容やら待遇やらをくどくどと説明しました。彼女もSMや風俗の経験はないとのこと。願ったりの人材です。説明を終え、彼女も同意し、その日は土曜なので、2日後の月曜から出勤ということになりました。

その面接の直後、私は以前からのサークル(ニフティやインターネーットを使って活動していた「SMねるとんサークル」)の会員に、彼女のプロフィールに気合いの入ったコメントを加え、勇んで同報メールを配信しました。翌日には反応があり、彼女の出勤初日である月曜に来てくれることになったのはTさんです。

月曜日、少し早めに来てくれたTさんと談笑しながら、午後6時に出勤するハズの彼女を待っていました。しかし、時計の針が6時を回っても彼女は姿を現しません。10分、20分、とうとう30分が経過しました。

「おかしいなぁ。すみませんTさん。もう少し待ってみて下さい」
「いやいや。その子も初めてでしょうから、迷ってるんじゃないですか?」

機嫌も悪くせず、大人しく待っていてくれるTさんに申し訳なく思いながら更に10分が経過。そう言えば、彼女の携帯番号を聞いていたことをやっと思い出しました。

「ちょっと電話してみますね」

聞こえてきたのは《…この電話は、お客様のご都合により…》の声です。目の前が真っ暗になりました。でも、機嫌よく待っていてくれるTさんに、正直にはとても言えません。

「どうも繋がらないですね。こっちに向かっている地下鉄の中なのかも」。

結局、Tさんには1時間も待っていただいた末、平謝りし、交通費を渡して帰っていただきました。手作りした収支計算表の売上の蘭に、初めて記載された数字はマイナス記号付きのものになってしまったのです。その後、二度と彼女の姿を見ることはありませんでした。

当時、私には友人にシャレで付き合わされたテレクラの援助交際をきっかけに、たまに遊び相手をしてやっている20歳の女の子がいました。この子にはSM的な付き合いは一切していませんでしたが、たまたま電話が来た折り「誰か友達でヒマしてる子いない? SMに興味があればなおいいんだけど。紹介してよ」と頼むと、1人いると言います。この子こそが、記念すべき在籍第1号となった『かおり(21歳)』(現在は退店)です。そして初めてのお客様はMさん。かおりとMさんが連れだって事務所を出ていく姿を、たぶん私は忘れることが出来ないでしょう。7月8日のことでした。
Tさん、そしてMさん。本当に感謝しています。


半ばを過ぎた頃になって、何人かの女の子が相次いで面接に訪れました。『由紀(28歳・人妻)』『リナ(27歳・OL)』『みずき(22歳・芸者のタマゴ)』です。しかし、このうち出勤日を多めに確保できたのは由紀だけ。かおり含めた残りの3人はいずれも出勤日が少なく、その頃からぼちぼち掛かってくるようになったお客様からの電話にも「すみません。今日は予約でいっぱいで…」と、ウソを言って断らざるを得ない状態です。毎日、1日が終わると悔しくてドッと落ち込む日が続きました。